米長邦雄日本将棋連盟会長と将棋ソフト・ボンクラーズが対決した第一回電脳戦について、読売新聞の西條耕一記者が書いてあった。この将棋は後手番の米長会長が二手目6二玉と指し、厚みを築くという作戦に出たのだが、西條記者はそれが不服だったみたいだ。少し引用しよう。

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今回の対局を見て、プロが対局する意義を考えさせられた。相手のデータベースにない局面に2手目で持ち込み、一手違いの斬り合いを避けて玉周辺に勢力を築きスクラムトライを狙う指し方は、プロ同士の対局では通用しない。将棋ファンは、プロが機械に勝つためだけの作戦を見て本当に満足したのだろうか。(略)
棋士が400年かけて築き上げてきた伝統と文化の薫りがする内容を期待したい。
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なんとも辛辣な言葉だ。しかし、たまごどんは思うのだ。勝負師が負けと思っている作戦を採用してどうすると。米長会長はボンクラーズとの前哨戦で負けている。勝つためにどういった作戦が有効なのか、徹底的に知恵を絞ってきた筈なのだ。それは最強馬シンボリルドルフに背水の陣で挑んだミスターシービー陣営とも重なる。

整理しよう。米長会長はボンクラーズの実力を評価し、そしてその弱点も掴んでいた。コンピューターは手の広い漠然とした局面に弱く、それはチェスソフトのディープ・ブルーとも共通している弱点だ。米長会長はカスパロフと同じく、コンピュータの弱点を攻めた。勝負師であれば当然の選択だ。

西條記者は野球で今回の将棋を喩えているので、たまごどんも野球に喩えてみよう。星野が中日監督だった頃、投手を集めてこう質問したそうだ。九回裏、一点リードの局面で二死満塁。カウントツースリーで何を投げるかと。それぞれの投手が意見を言う中、牛島だけは「ツースリーに至るまでの配球を教えてくれないと決められないです!」と言った。そのシチュエーションで投げようと思うボールは、自分の得意な球に決まっている。自分の得意な球と、打者を打ち取る球とは違うのだ。

たまごどんは今回の電脳戦が非常に興味深かったし、面白いと感じた。西條記者の視点は表層的でアマチュア的で、なんというかな、勝負をかけたプロの視点がないように思う。ボンクラーズと対局するプロ棋士の戦法が楽しみですなあ。