2015年04月29日
阿修羅原が亡くなったそうだ
阿修羅原が亡くなったんだそうだ。享年68歳。阿修羅原は日本代表も務めたラガーマンだった。どこまでもガチファイトを望む阿修羅は、同じスタイルの天龍源一郎とコンビを結成した。よほど手が合ったのだろう。彼らは「龍原砲」と呼ばれ、いいチームだった。
たまごどんは全盛期の龍原砲を見ていない。プロレススーパースターファン烈伝に登場するパワボム君(漢字忘れた)が、SWSで復活した龍原砲を見て、「あれは龍原砲ではない!ではない!ではない!」と天龍チョップを主人公にくらわせていたのを覚えている。しかし、一番強烈だったのは、原田久仁信さんの描いた阿修羅原だった。龍原砲復活を望む天龍と、それが出来る体調にない阿修羅。北の国で再開するシーンは、原田さんの手によって名場面となった。
最後は地元長崎で、親の介護をしながらラグビー選手の後進指導をしていると聞いていたが‥。阿修羅原は豪快なレスラー人生を送ったと思う。合掌。
たまごどんは全盛期の龍原砲を見ていない。プロレススーパースターファン烈伝に登場するパワボム君(漢字忘れた)が、SWSで復活した龍原砲を見て、「あれは龍原砲ではない!ではない!ではない!」と天龍チョップを主人公にくらわせていたのを覚えている。しかし、一番強烈だったのは、原田久仁信さんの描いた阿修羅原だった。龍原砲復活を望む天龍と、それが出来る体調にない阿修羅。北の国で再開するシーンは、原田さんの手によって名場面となった。
最後は地元長崎で、親の介護をしながらラグビー選手の後進指導をしていると聞いていたが‥。阿修羅原は豪快なレスラー人生を送ったと思う。合掌。