ミホノブルボンが老衰のため亡くなった。享年28歳。生涯成績8戦7勝、うちG3勝、G2勝の名馬である。

たまごどんが競馬を齧った時期に活躍した馬であり、戸山調教師と共に記憶している。戸山調教師が病床で書いた鍛えて最強馬をつくるは、当時のたまごどんの本棚にあった。生まれた当初のミホノブルボンの評価は低く、そのセリ値はわずか700万だったそうだ。

戸山調教師は栗東トレーニングセンターの坂路でミホノブルボンを徹底的に鍛え上げる。血統的にはスプリンターだったミホノブルボンだが、「スタミナ面の不安はハードトレーニングによって克服可能である」という戸山さんの信念だ。ウッドチップがクッションとなるために脚部への負担が軽減され、筋肉をいじめることが出来る。レースの時のミホノブルボンは、筋肉の鎧を身に着けていた。

ミホノブルボンは逃げ馬とされているが、その圧倒的スピードに他馬がついてこれないというのが正しい表現だった。生涯唯一の敗戦は、菊花賞でライスシャワーに負けた2着である。ミホノブルボンは幻の三冠馬となった。戸山さんは、菊花賞の敗戦はキョウエイボーガンの逃げを許した小島騎手の騎乗ミスだと断じていたが、これはよく分からないし、勝負事でタラレバはご法度だろうな。

引退後は種牡馬となったが、重賞勝ち馬には恵まれなかった。トレーニングの大事さを競馬関係者に改めて認識させたのが、ミホノブルボンの最大の功績になるのかもしれない。もちろん彼はそんなことと無関係に悠々自適に暮らし、28歳の大往生を遂げた。競馬ファンに愛された名馬に合掌。
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