2019年03月30日

北尾光司の死

60代横綱双羽黒こと北尾光司が慢性腎不全で亡くなったという。享年55歳。大相撲時代も、プロレス時代も、たまごどんは彼を知っている。素質は抜群、小学六年生で身長186cmに達してて、入門時には199cmの巨漢だった。花のサンパチ組(昭和38年生まれの北尾、大乃国、保志[後の北勝海]を指す)の中でも、輝きは1番だったように思う。当時は千代の富士の一強時代で、千代の富士を破るのは北尾と目されていた。

彼は付け人に暴力をふるい、女将さんを蹴飛ばし、ドタバタと廃業する。彼のプロレス転向は相撲の廃業から2年後だ。北斗の拳をイメージした革ジャケットと、マッドマックス的なサングラス、ホーガン入っているTシャツ破りと、なんだかなあ的デビューだった。相手はクラッシャー・バンバン・ビガロで、なんとかプロレスとして成立させたビガロに、たまごどんは感心したものだ。
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デビューから半年くらいしてから、デーモン小暮閣下はオールナイトニッポンに北尾をゲストとして呼んだ。北尾は、「マイクで挑発するだけのイケてないプロレスは嫌なので、自分はそうしたくない」と語っていたが、そんな彼は長州力に「この朝鮮人野郎!」と暴言を吐いて新日マットから追放された。SWSではジョン・テンタ戦の後に、観客に向かって「お前ら、こんなもの(八百長試合)見て面白いのか!」と叫び、プロレスファンからの総スカンを買った。まさに、北尾の存在そのものがヒールだった。

北尾がプロレス界に残した貢献は、高田延彦の格上げだろう。当時UインターのNo.2と目されていた山崎一夫を巨体を生かして破った北尾は、高田戦をブチ上げた。高田vs北尾は、Uインターの大将vs最強のヒールとなり、結末の壮絶さ(高田のハイキックで北尾がKO)もあって、北尾狩りを果たした高田のステータスは一気に上がった。どうもUインターのブック破りがあったようだ。我が生涯のベストバウトである1995年10月9日東京ドームにおける武藤vs高田戦は、この試合による高田の格上げがなければ実現していない筈だ。

北尾に限らずだが、相撲取りの寿命の短さは凄いものがある。ちゃんこ鍋に入っている塩分だって、健康に悪い量だろうし。このままじゃ、角界志望者の若手がいなくなるよ。北尾光司に合掌。
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th302d at 14:59│Comments(0)訃報 | プロレス

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