たまごどんが行く!

たまごどんの日記なのら。

訃報

マサさん、さようなら

プロレスラーのマサ斎藤が亡くなったという。享年75歳。パーキンソン病の闘病のために引退式をしたのは記憶しているが、カムバックをプランしていたとは知らなかった。

といっても、現役時代のマサさんの記憶はあまりない。蝶野がSTFを始めた頃に、「マサ斎藤の監獄ロックみたいだな」とプロレス仲間が言ったのをキッカケに、監獄固めの入り方を調べたことは覚えているが。というわけで、アントニオ猪木と戦った時間無制限ノーレフェリー無観客マッチ「巌流島の戦い」も、かなり後に紙面を通して知っただけだ。たまごどんにとってのマサさんは、新日のドーム大会のオープニングに、英語で開幕宣言するレスラーだった。

たまごどんにとってマサ斎藤のライバルは、アナウンス席でやりあった辻アナだろう。大仁田vs真鍋アナと同じく、マサ斎藤vs辻アナも面白かった。

「おーっと、これは受け身をとっていない!!」
「ちゃんととっています」
「受け身を取れない危険な状況!」
「だから、ちゃんととっていますって!」

「腕が完全に伸びたぁ〜」
「まだ伸びていません」

「今日のベイダ−はどうですか、マサさん!」
「ああ、ホワイトですか」

アメリカの刑務所にぶち込まれた経験を持つ、カルピスが大好きなムキムキレスラー、それがマサ斎藤だ。故人に合掌。
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さらば歌丸師匠

桂歌丸師匠が亡くなった。享年81歳。
えっ、また80代だったの。もっと老けてみえたなあ。

あまり湿っぽく語っても、歌丸師匠は喜ばないだろう。というわけで、禁断の一枚を。
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小島武夫が逝った

プロ雀士の小島武夫が亡くなった。心不全だという。享年は82歳。

小島武夫は麻雀新選組を阿佐田哲也や古川凱章らと結成し‥という情報はリアルタイムで知らないし、11PMで披露したイカサマ芸は結成よりももっと前の話だ。たまごどんが覚えているのは、竹書房が企画した麻雀最強位戦で、小島プロが優勝したことだ。優勝の記事は別冊近代麻雀誌で読んだ。哭きの竜が連載していた頃だったかな。

小島武夫は魅せる麻雀を標榜し、迷彩打ちとか、一点読みとかを売りにしていた。彼の最大の功績は、小島武夫というブランドを麻雀界を超えて世間に認めさせたことだ。なにせ、何を切る?の問題で、「僕ならこんな牌を自摸らないね」と言っていたしな。

西原理恵子はまあじゃんほうろうきによって麻雀界と交流を深めていく中で、小島プロとも知り合っている。最初こそ彼女は小島先生と称していたが、いつしか「たけちゃん」となり、「この酔っぱらい」とか「ジジイ」となっていった。彼女の漫画に登場するたけちゃんは、こんな感じだった。

―造酒を呑みながら、たけちゃんがつぶやく。「麻雀界はどいつもこいつもお山の大将ばかりで困ったもんだ」
△海慮紊匹Δ覆襦(1)それお前のことだよ!と洒落にならないツッコミが入る(2)なんてこと言うんですか!とツッチーが泣く(3)サイバラがジジイを殴る。
正解は(3)

まあなんだな。小島プロは今でも新宿のバーでガハハと笑っていてほしかったなという気持ちがたまごどんにはあります。故人に合掌。

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馬場元子さんが亡くなった

馬場元子さんが亡くなった。彼女はジャイアント馬場の奥さんで、プロレスファンの間ではかなりの有名人だった。まずはジャイアント馬場さんに対する献身について触れておこう。アメリカ遠征中のプロレスラー・ジャイアント馬場と婚約し、長い間内縁の妻だった。これは人気者のジャイアント馬場が結婚していたらイメージダウンだという判断からのようだ。

全日本プロレスの旗揚げ時に、馬場さんは元子さんの実家からかなりの資金援助を受け取っている。TV局がバックについた全日本は経済的に安定していたように思えたが、大物外国人の招聘などで持ち出しも多かったようだ。元子さんからの資金協力が無かったら、全日本プロレスは潰れていたかもしれない。

ここからは彼女の負のイメージについて触れよう。日本プロレスが最も輝いた四天王プロレス時代のグッズ販売を、元子さんは独占した。1990年にジャイアント馬場さんが亡くなり、全日本は三沢を社長として再生のスタートを切った。三沢は改革をしたかったが、元子さんの反対により頓挫してしまう。元子さんは全日本プロレスの大株主でもあったのだ。元子さんと三沢との確執が、プロレス団体ノアを生むことになる。元子さんを毛嫌いするレスラーは多く、元子さんも馬場さんを裏切ったレスラーを許すことはなかった。SWSを旗揚げした天龍や、ノアを旗揚げした三沢はその代表格だ。

良くも悪くも、元子夫人は昭和プロレスの具現者だったように思う。天国で馬場さんと再会できただろうか。故人に合掌。
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高畑勲監督が亡くなった

火垂るの墓で知られる高畑勲監督が亡くなった。享年は82歳。

たまごどんにとって高畑監督の傑作は、TVシリーズのじゃりン子チエだ。この作品は原作の味を守りつつ、原作を超えたアニメ表現もある傑作だ。ネイティブ大阪弁を使う声優陣、特にチエ役の中山千夏がいいんだなあ。余談だが、たまごどんが選ぶ歴代漫画1位がじゃりン子チエである。

高畑監督といえば火垂るの墓だろうが、どうもこの映画は暗くてあまり好きになれない。戦争を描いたアニメだから仕方ないけど。かといってホーホケキョとなりの山田くんをヒット作と表現するのもどうかと思う。彼は遅筆で有名で、かぐや姫の物語で3年以上かけていて、公開予定が半年ずれ込んだ。宮崎監督とタッグを組んだおもいでぽろぽろもなあ、これとて面白い作品とはいえないだろう。いわんや平成狸合戦ぽんぽこにおいておや。

あれ?なんか故人をけなしているようになってきた。高畑監督は芸術家肌で、その当たり外れが大きい監督だったように思う。予算管理もルーズな人だったが、柳川堀割物語での莫大な制作費の工面のためにスタジオジブリは立ち上がることになった。高畑監督はそうした影の功績が大きいのかもしれないな。

故人に合掌。
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エコエコアザラクの思い出

エコエコアザラクを描いた古賀新一さんが亡くなっていた。享年は81歳。

彼の代表作はなんといってもエコエコアザラク。この時代はホラーブーム、オカルトブームが全盛の頃で、つのだじろうの恐怖新聞や楳図かずおのホラー漫画が世に受けていた時代だった。

ヒロインの黒井ミサが可愛いのに怖く、彼女が行う黒魔術の儀式で裸になるシーンは、思春期に入っていたたまごどんに刺さったもんだ。当時のチャンピオンはドカベンやがきデカ、らんぽうといった子供向け漫画から、マカロニほうれん荘やブラックジャックなどの大人向けの漫画までが高い水準で揃っていて、漫画家が面白いものを描こうとしのぎを削っていた。

当時のたまごどんは、黒井ミサだったら呪い殺されてもいいかなと思ったが、今読み返してみるとやっぱりこれで死ぬのは嫌だなあ。エコエコアザラク、エコエコザメラク。
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さようなら星野監督

星野仙一監督が亡くなった。膵臓がんだったという。享年70歳。

現代の視点から見ればアナクロな熱血指導だと思うが、中日・阪神・楽天というタイプの異なる三球団を全て優勝に導いた手腕は評価されなくてはならないだろう。野村監督とは違って人望もあった。

写真は最も馴染みのある中日時代にした。仙ちゃんも若いねえ。
故人に合掌。
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サッチーが亡くなった

サッチーこと野村沙知代さんが亡くなった。虚血性心不全による突然死だったようだ。享年85歳。

彼女の経歴を見ると、まさに猛女だ。野村監督とはW不倫の末に結婚し、野球が素人なのに南海ホークスのチーム運営に嘴を挟んでチームをガタガタにした。参議院選挙に出馬し落選し、そのときのコロンビア大学留学が経歴詐称と訴えられた。脱税で逮捕され、写真集を出し、実の弟や息子と絶縁している。

TVニュースに写っていたのは、憔悴しきった野村監督の姿だった。サッチーを愛していたんだろうなあ。たまごどんにはサッチーの良さがこれっぽっちも分からないのがアレだけど。

発売当時から魔除けにしかならないと言われたサッチーの写真集でも貼っておきますか。故人に合掌。
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鶴ひろみさんの訃報

ドキンちゃんの声を担当していた鶴ひろみさんが亡くなった。大動脈剥離での急死だったという。たま子にどう説明すればいいかねえ。彼女はテレビでのアンパンマンは見なくなったが、映画はよく借りて観ているのだ。たまごどんもドキンちゃんの声が好きだった。故人のご冥福をお祈りします。

鶴さんの声というと、ドキンちゃんとブルマだよなあ。他に調べてみると

>ブルマ(『ドラゴンボール』シリーズ)、ドキンちゃん(『それいけ!アンパンマン』)、鮎川まどか(『きまぐれオレンジロード』)、美神令子(『GS美神 極楽大作戦!!』)、新井聖美(『卒業 〜Graduation〜』)など、気の強い女性キャラクターが定番の役どころ。
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奥さんと急死した鶴さんのことについて話していた。
「へー、鶴さんは九条明日菜さんもしてたんだね。あ、おはようスパンクのキャットってのもあるよ。」
「おはようスパンク懐かしいね。可愛いワンちゃんだったしね。」
「‥あれってウサギじゃないの?」
「犬だよ、何いってんの。」

結果は奥さんの勝ち。たまごどんはパンク・ポンクともゴッチャになっていたようだ。
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谷庵さん、安らかに

7月6日に谷庵さんが亡くなったという。覚悟はしていたが、ショックだ。彼のブログ更新が滞っていたので心配していたのだが‥。どこかのタイミングでお見舞いに行くべきではなかったかとも思う。

>死の二日ほど前自分の人生を総括するように「俺の人生はハッピーだった。みんなと一緒にいられて。」と申しました。

彼は最後まで立派だった。医学のみならず進化論や疑似科学にも造詣が深く、たまごどんもネット上で色々と教えて頂いたが、彼の一番大事な教えは人間のあるべき姿、本質的な強さだったかもしれない。

故人に合掌。
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