訃報

2020年07月21日

五島勉が亡くなった

「ノストラダムスの大予言」シリーズを書いた五島勉氏が亡くなった。正確には6月16日に亡くなっていたという。たまごどんが子供のころから大予言は大ブームだった。たまごどんも彼の大予言シリーズを5冊は読んだだろう。

たまごどんは彼の、というかノストラダムスの大予言にハマったが、それが麻疹のようにちょうどよいとんでもワクチンになったようである。大学生に読んだ五島勉の聖徳太子「未来記」の秘予言を一行で解説すると、「聖徳太子の予言書は凄いようだ!しかし見つからなかった、残念!」となる。このブットビ設定に、たまごどんは大変感動を覚えたものだ。

彼の存在は「と学会」を生み出し、大量のオウム信者予備軍を育てた。五島勉がもしも「大予言」シリーズを書いていなかったら、オウム事件は起こらなかった可能性が高い。オウム信者はクソ真面目にノストラダムスを解析し、クソ真面目にハルマゲドンを信じ、クソ真面目に麻原に帰依した。

と学会の会則に、「五島勉さんに足を向けて寝ないこと」があるそうだ。と学会の会則自体がネタだろうし、会員も世話役も代替わりしているみたいだし、話半分に聞くのが正しい態度なのだろう。

彼の写真は馴染みのある若い時のものにした。故人に合掌。
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2020年06月02日

ジョージ秋山氏の死去

漫画家のジョージ秋山氏が亡くなった。享年77歳。

ジョージ秋山の漫画は浮浪雲くらいしかまともに読んでいない。ブラックジャックの巻末に載っていた秋田書店の宣伝に銭ゲバの挿絵があったかな。絵が当時としても古臭く、あまり好きではなかった。俳優の山城新伍が主人公雲の声優をしたアニメ浮浪雲はそこそこ楽しんだかな。坂本龍馬が雲の息子の新之助に「米はライスじゃ」と教えたという仮想幕末エピソードしか記憶していないけど。

彼は在日朝鮮人の父親を持つ子沢山家庭に育っていて、そのせいか複雑な性格だったそうだ。たまごどんの生まれた1971年頃に、彼はアシュラとか銭ゲバなどの話題作を多く発表している。世の中銭ズラ。

沼正三の家畜人ヤプーに触発されて出来たのが、少年チャンピオンに連載した女尊男卑の漫画ゴミムシくんだ。女性の黄金を男が食べることが社会常識になっているという世界観で、これを少年漫画誌で連載したというのが信じられないな。ジョージ秋山氏のヘタウマな画力でかろうじでギャグマンガとして成立していたんだろうか。ゴミムシくんの画像は、スカトロではなくSMの鞭打ちを貼っておく。

故人に合掌。
銭ゲバ
ゴミムシくん
ジョージ秋山氏死去

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2020年03月30日

バカ殿様が逝った

ドリフターズの志村けんが、新型コロナウィルスによる肺炎で亡くなった。享年70歳。

冷静に考えてみると、志村けんと同格以上のコメディアンって、タモリとかビートたけしにまでなるんだな。たまごどんもドリフ大爆笑を必死になって観ていた。まだ彼の死が得心できていないたまごどんである。

志村けんについてのツイッターでウルっときたのがこれ

日本を救ったバカ殿




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2020年01月06日

三宅雪子元代議士の自殺

正月休みに「西洋の自死」という本を読んだので、その感想を書こうとたまごどんは準備している。そんな中でも世の中は動いていて、ゴーンの「お前はルパン三世か!」的な日本脱出や、アメリカとイラクの一触即発状態とか、スケールは小さいがフジモンの離婚とか、まあ色々起きていた。今日は三宅雪子元代議士の自殺のニュースにびっくりしたので、そのことについて書く。

三宅雪子と言えば、福田康夫への刺客として群馬4区から出馬した小沢ガールの一人だ。小選挙区で肉薄し、惜敗率で復活当選した、当時の民主党の功労者である。でも彼女の名前が広まったのは、国会で、誰にも押されていないのに転倒して、受け身をとったにもかかわらず車椅子や松葉杖で国会に現れた事件だ。



彼女の転倒は格好の題材となり、三宅Tシャツがそこそこ売れたと聞く。
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たまごどんは知らなかったが、彼女はADHDと適応障害を公表していたらしい。これが本当ならば、彼女は政治家として最も不向きな資質だったのではないか。ADHDが彼女の軽率な言動の原因だったのかもしれないし、政治家でなければ彼女は自殺しなかったかもしれない。

故人に合掌。


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2019年11月10日

吾妻ひでおの思い出

今日は吾妻ひでおの漫画について語ることにする。彼の漫画を最初に読んだのは少年チャンピオンのふたりと五人だったかなあ。がきデカとドカベン目当てでチャンピオンを読んだだけだし、なんと言ってもまだ思春期前だ。彼のゲイの描写も尖りすぎていたので、ゲイと言えばドリフでのオチに出てくる、男が好きな男という知識しかないたまごどんには猫に小判だった。

たまごどんの漫画遍歴には常に兄貴が関係する。たまごどんが中学くらいのときに、奴がスクラップ学園やけくそ天使を買ってきた。やけくそ天使は吾妻さんもノビノビと描いていたようで、オソソとかのアダルト用語はこの漫画で覚えた。とにかく可愛い女の子が描きたい!という吾妻先生は、週刊少年誌の連載には向いていなかったんじゃないかな。吾妻ひでお先生の功罪は、日本にロリコン文化を根付かせたことだろう。蛭児神建(ひるこがみ・けん)なんて、吾妻先生の漫画がなかったら絶対知っていないもんな。

TVアニメ化されたなな子SOSは、四国の民放の少なさのためにマトモに見ることが出来なかった。瀬戸内テレビのジャミジャミ画像を恨めしく思ったものだ。SF作家の新井素子の文に吾妻ひでお先生が絵をつけた、ひでおと素子の愛の交換日記は、たまごどんの愛読書となった。

自身のアル中やうつの経験を描いた失踪日記の前になるが、彼は真っ黒なウンコが出てきたという漫画を描いている。健康不安はだいぶ前から感じていたんだと思う。吾妻先生は結局酒によって命を落とすことになった。

今はただ安らかに。合掌。
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2019年10月06日

カネやんの死

CSの1stステージで横浜が頑張っているときに、カネやんの訃報が入ってきた。享年86歳。

たまごどんはカネやんの現役時代を知っている訳でもないけど、長嶋デビュー戦での4連続三振や、「侍ジャイアンツ」で番場蛮の投手の素質を見抜いたこととか、ロッテ監督時代のトレーバーへのスパイク蹴り(園川の内角攻めに怒ったトレーバーに対して、カネやんが蹴りをお見舞いした事件)などなど、やっぱり色々とは知っている。星飛雄馬の代名詞である大リーグボールの名付け親でもあったな。

川上憎しで始まった名球会を作ったのもカネやんだ。昭和生まれというのを条件に加えて川上外しをしていた。落合は金田が嫌いで名球会入りを拒否したんだよな。この辺は、カネやんのルーツとも関係するのかもしれない。

故人に合掌。
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2019年09月18日

元逆鉾の井筒親方が亡くなった

昨日のNHKニュースで逆鉾が亡くなったと聞いて、たまごどんは「え!?」と声を出してしまった。記事によると膵臓ガンだったという。享年58歳。

逆鉾はたまごどんが最も相撲を見ていた中学・高校時代に活躍した力士で、三役と三賞の常連だった。記事によると、関脇は9場所連続で務め、殊勲賞5回と技能賞4回だそうだ。技能賞が多いイメージだったけど、人の記憶は当てにならない。外掛けや押しも強かったが、代名詞となった逆鉾の技はもろ差し。もろ差し名人と言われた鶴ケ嶺の息子だけあって、見事な技だった。スパンッと巻き変えが決まるんだよねえ。

逆鉾は土俵で喜ばないことで有名だった。これは隆の里戦で、外掛けで勝った逆鉾が土俵上でガッツポーズをして、親方衆からえらく怒られたことから意識的にそう振る舞っていたらしい。

土俵人気は千代の富士や弟の寺尾に完敗していたが、たまごどんはドロンパ逆鉾が好きだった。なお、ドロンパ逆鉾の命名者はデーモン小暮閣下。好角家として知られている閣下は、オールナイトニッポンの「大徹頑張って」のコーナーで逆鉾の渾名を決めたのだ。たまごどんは今でも、なかなかに彼の特徴を掴んだ渾名だと思っている。

「勝ち越せはそれでいい」という考えだったようで出世欲があまりなく、体も力士としては小柄だったためか、大関になることはなかった。金星7個も関脇時代が長かったことによる副産物だ。弟の寺尾と兄弟で三役となったときは、先代井筒親方が凄く喜んでいたのが印象的だった。

それにしても58歳か‥。相撲取りが短命ということは事実だな。北の湖(62歳)、千代の富士(61歳)、柏戸(58歳)、双羽黒(55歳)。太く短くも魅力的だが、もうちょっとなんとかしないと、新弟子が来なくなるよ。
さようなら、逆鉾関。

写真は先代井筒親方を担ぐ三兄弟です。
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2019年06月11日

田辺聖子さん亡くなる

作家の田辺聖子さんが亡くなった。享年は91歳。

実はたまごどん、田辺聖子さんの小説は1冊しか読んでいない。筒井康隆が実名で出てくる「お聖どん・アドベンチャー」だ。このタイトルもポセイドン・アドベンチャーのパクリで、筒井の発案らしい。小松左京と筒井康隆、野坂昭如が食べ物を求めてさまようという内容だった。

内容はここを読んでもらおう。たまごどんと同じく、これ1冊のみ読んだ人がいるんだな。

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2019年03月30日

北尾光司の死

60代横綱双羽黒こと北尾光司が慢性腎不全で亡くなったという。享年55歳。大相撲時代も、プロレス時代も、たまごどんは彼を知っている。素質は抜群、小学六年生で身長186cmに達してて、入門時には199cmの巨漢だった。花のサンパチ組(昭和38年生まれの北尾、大乃国、保志[後の北勝海]を指す)の中でも、輝きは1番だったように思う。当時は千代の富士の一強時代で、千代の富士を破るのは北尾と目されていた。

彼は付け人に暴力をふるい、女将さんを蹴飛ばし、ドタバタと廃業する。彼のプロレス転向は相撲の廃業から2年後だ。北斗の拳をイメージした革ジャケットと、マッドマックス的なサングラス、ホーガン入っているTシャツ破りと、なんだかなあ的デビューだった。相手はクラッシャー・バンバン・ビガロで、なんとかプロレスとして成立させたビガロに、たまごどんは感心したものだ。
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デビューから半年くらいしてから、デーモン小暮閣下はオールナイトニッポンに北尾をゲストとして呼んだ。北尾は、「マイクで挑発するだけのイケてないプロレスは嫌なので、自分はそうしたくない」と語っていたが、そんな彼は長州力に「この朝鮮人野郎!」と暴言を吐いて新日マットから追放された。SWSではジョン・テンタ戦の後に、観客に向かって「お前ら、こんなもの(八百長試合)見て面白いのか!」と叫び、プロレスファンからの総スカンを買った。まさに、北尾の存在そのものがヒールだった。

北尾がプロレス界に残した貢献は、高田延彦の格上げだろう。当時UインターのNo.2と目されていた山崎一夫を巨体を生かして破った北尾は、高田戦をブチ上げた。高田vs北尾は、Uインターの大将vs最強のヒールとなり、結末の壮絶さ(高田のハイキックで北尾がKO)もあって、北尾狩りを果たした高田のステータスは一気に上がった。どうもUインターのブック破りがあったようだ。我が生涯のベストバウトである1995年10月9日東京ドームにおける武藤vs高田戦は、この試合による高田の格上げがなければ実現していない筈だ。

北尾に限らずだが、相撲取りの寿命の短さは凄いものがある。ちゃんこ鍋に入っている塩分だって、健康に悪い量だろうし。このままじゃ、角界志望者の若手がいなくなるよ。北尾光司に合掌。
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2019年02月02日

噂の眞相編集長 岡留安則氏の死去

噂の眞相の編集長だった岡留安則氏が、肺がんのために亡くなった。享年71歳。

反権力・反権威を謳った噂の眞相はどこまでも怪しく、岡留氏の個人商店という感じだった。扱う記事は政局、皇室、パチンコ利権、北朝鮮ネタ、東京地検ネタ、同和利権、ホンカツや小林よしのり、プロレス界のゲイ事情、芸能ゴシップ座談会、オウム真理教ネタなどなど、ほぼ全てのジャンルに渡っていた。特に東京地検ネタは協力者がいたんだろうな。最終的には検事長の首を獲ってしまった。

たまごどんは大学時代から読んでいた。筒井康隆の連載も、本多勝一のコラムも、ナンシー関の消しゴム版画+コラムも、無法地帯だった読者投書コーナーも、全て熟読していた。良くも悪くも、時代を引っ張った雑誌だったと思う。ウワシンを読まないのはダメだが、ウワシンを盲信する奴もダメだ。7割の真実と3割のフェイクが混ざった、新宿ゴールデン街の匂いを放っていた雑誌が噂の眞相なのだからな。

たまごどんが重宝したのは、ウワシンの1行ネタだ。「星新一 植物人間状態」と書かれてから2週間ほどで星さんの訃報がニュースとなったのにはビックリしたものだ。今思い出したが、ウワシンから排除された宅八郎は、岡留編集長の訃報を聞いてどう思っているのだろう。

世の中をナナメ35度の角度から見る、自分の感性を大事にする。岡留編集長の思想までは受け継いでいないが、彼の行動指針は今でもたまごどんに受け継がれているように思う。故人に合掌。
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